現代のアメリカ企業文明 3
ここで触れておかねばならないのは、GMの底流にあって、絶えず見えつ隠れつした内部抗争の歴史です。
この対立は1920年代はじめのGMの経営危機に、デュポン社から財務のエキスパート、ドナルドソン・ブラウンが派遣されて、会社再建の仕事のためにやってきたときにはじまります。
・・・それはいわば、外来者に対する地元の、東部(デュポン家)に対する中西部の、本社に対する現場の、ニューヨークの財務マンに対するテトロイトのオートマンの、それぞれ結びつきつつ繰り返されていた対立でした。
このような状況で、スローンが最も気がかりなことはーおそらく財務マン・グループからの突き上げもあったと思われるがー何とかしてカーティスの野心を防ぎ止めねばならないことでした。
そこで緊急に、GMの取締役会のなかに特別委員会がつくられました。
議長にはスローンが座り、委員のなかには大株主を代表して、ウォルター・S・カーペンター(デュポン会長)も加わっています。
こうしたクーデターにも近い非常措置により、会長にも65歳という定年制の枠がはめられ、財務マンの、すでに当時70歳を越えるアルバート・ブラッドレー会長の退任が定まると同時に、カーティスの会長への横すべりの野望は封じられたのです。